からみあう電子たち ― 量子液体における三体相関の検出
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この研究発表は下記のメディアで紹介されました。
◆5/28 日本経済新聞Web
◆5/31 オプトロニクスオンライン
◆6/1? ? ?マイナビニュース
発表のポイント
◆微小な人工原子中の量子液体を電気伝導度測定によって調べ、3つの電子が相関を持って振る舞う様子を検出。
◆非平衡領域における量子液体の普遍的な振る舞いを初めて実験的に明らかに。
◆現代物理学の中心テーマの一つである量子多体現象と非平衡物理の発展に貢献。
概要
東京大学大学院理学系研究科および大阪大学大学院理学研究科の小林研介教授は、秦徳郎(研究当時:大阪大学大学院理学研究科大学院生、現在:東京工業大学理学院物理学系助教)、荒川智紀(研究当時:同理学研究科助教、現在:産業技術総合研究所計量標準総合センター)、Meydi Ferrier(研究当時:同理学研究科特任研究員、現在:パリ南大学講師)、小栗章(大阪市立大学大学院理学研究科/同大学南部陽一郎物理学研究所教授)、寺谷義道(同大学大学院理学研究科特任助教)、阪野塁(東京大学物性研究所助教)らとの国際共同研究により、微細加工技術を用いて作製された人工原子(注1)中の量子液体(注2)における電流を精密に測定することによって、電子が量子力学的に絡み合う尺度となる三体相関を検出することに成功しました。
?数多くの粒子が量子力学的な相互作用を及ぼし合うことによって形成される量子液体は、粒子一個からは想像もつかないような、多彩な振る舞いを見せます。本研究では、そのような量子液体の一種である局所フェルミ液体の非平衡状態(注3)における振る舞いを明らかにしました。極小の電子回路内に作られた人工原子に、近藤効果(注4)によって量子液体を生成し、その振る舞いが3つの粒子の絡み合い(三体相関)によって決定されていることを実証しました。
?このような研究は、非平衡状態にある量子多体現象を定量的に理解する鍵となります。
掲載誌情報
【発表雑誌】 Nature Communications(5月28日版)
【論 文 名 】“Three-body correlations in nonlinear response of correlated quantum liquid”
【著??? 者? 】 Tokuro Hata?, Yoshimichi Teratani, Tomonori Arakawa, Sanghyun Lee, Meydi Ferrier, Richard Deblock, Rui Sakano, Akira Oguri, and Kensuke Kobayashi?
【掲載URL】?https://doi.org/10.1038/s41467-021-23467-4
発表内容
?研究背景
量子力学によれば、電子や原子などの粒子が一個だけある場合、粒子のふるまいを精密に予言できます。しかし、粒子が多数あって、それらが互いに量子力学的な相互作用を及ぼしあうとき、そのふるまいを正確に予測することは非常に難しい問題です。単に難しいというだけではなく、現実にも、そのような粒子の集団が粒子一個の性質からは全く予想もできないような挙動をすることがあります。これを量子多体現象と呼びます。特に、その集団が一体となって、あたかも液体であるかのようにふるまうことがあります。量子多体現象によって生み出されるこのような液体状態を量子液体と呼びます。
量子液体を生み出す量子多体現象の代表例として近藤効果があります。近藤効果とは、固体中の局在スピンがその周りの伝導電子のスピン(注5)と結合することによって、近藤状態(注4)と呼ばれる特殊な量子状態を形成する現象のことです。スピンを介して電子の間に非常に強い相互作用が働くことが特徴です。1960年代から現在に至るまで、近藤効果は物性物理学における大切なテーマの一つであり、数多くの研究が行われてきました。理論的には、近藤状態は「局所フェルミ液体」と呼ばれる量子液体の一種として記述されることが確立しています。したがって、近藤状態の振る舞いを研究することは、強い電子相関に支配される量子液体を研究することとも考えられます。
?研究内容
研究グループは、近藤効果によって形成された量子液体の性質を、平衡状態から非平衡状態まで精密に調べました。これまで、近藤効果に対する多くの実験的研究においては、巨視的なサイズの試料を用いて、多数のスピンを含んだ集団の平均的な性質を調査する方法がとられてきました。それに対して、微細加工技術を使って作製される「人工原子」と呼ばれる微小な電子回路では、電子の数を一個ずつ制御できるため、たった一個のスピンによって引き起こされる近藤効果を、現象に関わるあらゆるパラメータを制御しながら研究することができます。したがって、近藤状態にある人工原子は、非平衡状態も含む量子液体についての理論を、理論に忠実な形で高い精度で検証できる理想的な電子回路となっています。
研究グループは、カーボンナノチューブを用いて作製した人工原子における近藤効果の研究を行いました(図1(a))。人工原子に導線をつなぎ、通過する電流を測定することによって、人工原子の状態を精密に調べることができます。本研究は、人工原子に加える電圧や磁場などを制御することによって、理想的な近藤状態を実現しました。研究では、量子液体に電子を注入し、非平衡状態におくことによって、粒子間に働く相互作用の検出(図1(b))を行いました。
?電気伝導度の測定結果を図2(a)に示します。実験結果を解析したところ、磁場が印加されていない状況では量子液体は、平衡状態から非平衡状態まで2粒子の間の相互作用(二体相関、図1(b))だけで記述できることがわかりました。この「二体相関」は帯磁率に相当する量であり、これまでの研究によって実験的にも理論的にも確立しています。ところが磁場が印加された状態では、電流が印加された非平衡状態における量子液体の性質を説明するには、新たに「三体相関」(図1(b))と呼ばれる3つの粒子の相互作用を取り入れなければならないことが分かりました。この結果は、近年発表された非平衡領域にある量子液体の理論(局所フェルミ液体論)に定量的に合致することが分かりました(図2(b))。本研究は、非平衡状態における量子液体の性質を精密に調べることによって、初めて実験的に三体相関を検出することに成功した研究となります。
?意義
本成果は、強い相互作用の結果として生じる量子液体の非平衡挙動を実験的に調べることによって、3つの粒子の間に働く三体相関という量を初めて検出したものです。非平衡状態を理解することは現代物理学の最大の難問の1つです。身のまわりには、非平衡であることが本質であるような現象が数多く見られます。光と物質の相互作用、トランジスタに代表されるエレクトロニクス、さらには、生命や人間社会そのものも非平衡現象です。このような非平衡現象は、さまざまな個性をもつ構成要素が複雑に影響を及ぼし合うことによって起きています。それに比べれば、量子液体を構成する粒子は単純ですし、相互作用の性質もよくわかっているので、難問ではありますが、問題設定としては明快です。したがって、量子液体の非平衡状態におけるふるまいを理解することは、非平衡現象を定量的に理解するためのよい試金石となります。本研究は非平衡を解き明かす方法論の一つを提示したものであり、今後の量子多体現象の研究の発展に資するものです。
用語解説
(注1)人工原子:微細加工技術を使って2つの電極の間に極小の領域を作製した場合、取り付けられた電極の電圧を制御することで、領域に含まれる電子数を1個ずつ変化させることができるようになります。この領域が原子のような性質を持つため、人工原子と呼ばれます。人工原子を用いると、電気伝導度測定によって、電子一個の性質を調べることができます。今回の成果は、単一のカーボンナノチューブ分子を用いて作製された人工原子で行った実験に基づいています。
(注2)量子液体と量子多体現象:多数の粒子が量子力学的に相互作用し、一体となって振る舞う様子を、量子力学的な液体という意味で量子液体と呼びます。量子液体は、粒子一個の時とは本質的に異なる性質を示すことがあり、そのような現象を、量子多体現象と呼びます。超伝導、超流動、近藤効果などは量子多体現象の代表例であり、物理学において中心的なトピックとして長年研究が続けられています。
(注3)平衡状態と非平衡状態:ある注目している対象に、(粒子や熱の)流れや変化がなく、完全に安定した状態にあるとき、その対象は平衡状態にある、と言います。またそうではない状態のことを非平衡状態と呼びます。物理学において、平衡状態を記述する理論的な枠組みはかなり確立していますが、非平衡状態をどのように扱うか、という問題は、現在の物理学における大きな課題です。
(注4)近藤効果と近藤状態:磁性不純物を含む金属において、不純物のスピンと伝導電子のスピンが相互作用を介して組み合うことで、スピン一重項(「近藤状態」)が形成され、低温での抵抗増大を示す現象のことです。1964年に近藤淳氏が初めて解明しました。近藤効果は量子多体現象の典型例であり、強相関電子系(重い電子系や高温超伝導)などの研究において数多くの研究が行われてきました。近藤状態は、「局所フェルミ流体」と呼ばれる、L.D. ランダウによる「フェルミ液体」の考え方を拡張した量子液体であることが確立しています。本研究では、非平衡状態にある局所フェルミ流体の挙動を実験的に検出し、最新の理論との定量的な比較を行ったものです。
(注5)スピン:電子は、電荷を持っていますが、それ以外に、スピンという量をもっています。スピンがあるために、1つ1つの電子は、小さな磁石のように振る舞います。量子多体現象には、電荷だけでなく、スピンも非常に重要な要因となっています。近藤効果も、スピンが大きな役割を果たす量子多体現象の一つです。
添付資料
図1 (a) 実験に用いた試料の電子顕微鏡写真。黄色い点線で囲まれた領域に見える白い筋が、カーボンナノチューブからなる人工原子です。この人工原子にただひとつの電子を閉じ込め、それによって生じる近藤効果によって、量子液体を生成しました。この量子液体はソース電極とドレイン電極の間に閉じ込められています。この量子液体の電気伝導度を精密に測定しました(測定結果を図2(a)に示しています)。(b) 量子液体の模式図。たくさんの粒子(電子)から構成されています。粒子2つの間に生じる相互作用(二体相関)と、粒子3つの間に生じる相互作用(三体相関)を、青色と赤色で模式的に表しました。
図2 (a) バイアス電圧を変化させたときの量子液体の電気伝導度の測定結果を示します(バイアス電圧は近藤効果のエネルギースケールで規格化されています)。各曲線は、磁場を0 Tから2.5 Tまで段階的に変化させたときの測定結果です。バイアス電圧あるいは磁場が増加すると、量子液体の伝導度が大きく変化します。この変化の様子から量子液体中における粒子の相互作用を検出することができます。 (b) (a)に示した測定結果を解析して得られた二体相関と三体相関をプロットしています。赤色が実験結果、青色実線が非平衡領域における局所フェルミ液体論に基づく理論計算、緑色が量子多体効果を考慮しない自由粒子モデルを示します。自由粒子モデルでは実験結果を全く説明できないことや、磁場が増大するとともに三体相関が(負の方向に)増大していることが分かります。