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2個の電子スピンの向きが揃った炭化水素分子の合成に成功―有機磁性材料の創出に期待―

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この研究発表は下記のメディアで紹介されました。
◆11/18? 日刊工業新聞

研究成果のポイント

◇?磁石の基本単位となりうる、2個の電子スピンの向きが揃った炭化水素分子を
 合成し、結晶構造を解明することに世界で初めて成功
◇?これまで、2個の電子スピンの向きが揃った炭化水素分子は不安定で、結晶構造
 が明らかにされたものはなかったが、大きな置換基で立体的に保護することにより、
 単離と結晶化が可能に
◇入手容易な原料である炭素と水素から構成される有機分子を用いた磁性材料への
 応用に期待?

概要

? 大阪大学大学院基礎工学研究科の大学院生の有川忍さん(博士後期課程/日本学術振興会特別研究員)、清水章弘准教授、新谷亮教授、大阪市立大学大学院理学研究科の塩見大輔准教授、佐藤和信教授らの研究グループは、2個の電子スピン※1の向きが揃った三角形の炭化水素分子、トリアンギュレン※2誘導体の合成と単離、結晶化に世界で初めて成功しました (図1)。

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図1. トリアンギュレンの構造式とスピン密度分布

 これまで2個の電子スピンの向きが揃った炭化水素分子は不安定であると考えられており、トリアンギュレンも約70年前から研究が行われてきたにも関わらず、その単離や結晶化には成功しておらず、基礎的な物性さえも十分には解明されていませんでした。
 本研究グループは、トリアンギュレンの反応性を抑制するために、大きな置換基を導入した誘導体を合成しました。その結果、安定性が大きく向上することを見出し、単離と結晶化に成功しました。また、2個の電子スピンの向きが揃っていることを実験的に解明し、基礎的な磁気的性質、光学的性質、電気化学的性質を明らかにしました。これにより、資源が入手容易な炭素と水素から構成される有機分子を用いた磁性材料※3への応用が期待されます。
 本研究成果は、米国科学誌「Journal of the American Chemical Society」に、11月13日(土)7時に公開されました。

研究背景

 電子スピンの向きが揃った材料は、磁石になります。入手容易な原料から合成される有機分子を用いた磁石は長い間研究されてきており、いくつかの有機磁性体が開発されています。しかし、有機分子では、電子スピンの向きを揃える力は小さく、材料全体としては、低温でしか電子スピンの向きが揃わないという問題があります。そのため、純有機磁性材料は実用化されていません。そこで、電子スピンの向きを揃える力の大きな有機分子の開発が求められています。
 これまで、2個の電子スピンの向きが揃った炭化水素分子は、反応性が高く、不安定であるため、結晶化に成功した例はなく、有機磁性材料としての応用も行われていませんでした。トリアンギュレンという、6つの6員環が三角形になるように縮環した炭化水素分子は、2個の電子スピンの向きが大きな力で揃うと理論的に予想されており、約70年前から合成が検討されてきましたが、反応性が高いために単離と結晶化には成功していませんでした。

研究内容

 今回、本研究グループでは、トリアンギュレンのスピン密度の大きな炭素原子を立体的に保護できるような大きな置換基を導入した誘導体を設計?合成したところ、安定性が大きく向上することを見出しました。安定性が向上したことにより、精製が可能になり、トリアンギュレン誘導体を単離し、結晶構造を明らかにすることに成功しました (図2)。また、今回合成したトリアンギュレン誘導体の2個の電子スピンの向きが揃っていることを実験的に解明しました。本研究は、2個の電子スピンの向きが揃った炭化水素分子の結晶構造を明らかにした世界で初めての研究成果です。また、2個の電子スピンの向きを揃えようとする力はとても大きく、室温でも向きが揃っていることがわかりました。さらに、単離したことにより、基礎的な光学的および電気化学的な性質も明らかにできました。

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図2 トリアンギュレンのスピン密度分布およびトリアンギュレン誘導体の空間充填モデルと結晶構造

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

 本研究成果により、入手容易な原料である炭素と水素から構成される炭化水素分子を用いる有機磁性材料の開発が期待されます。また、さらに、3個以上の電子スピンの向きが揃った炭化水素分子の合成につながると考えられます。

特記事項

 本研究成果は、2021年11月13日(土)7時に米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Synthesis and Isolation of a Kinetically Stabilized Crystalline
     Triangulene”
著者名:Shinobu Arikawa, Akihiro Shimizu, Daisuke Shiomi, Kazunobu Sato,
    and Ryo Shintani
DOI:https://doi.org/10.1021/jacs.1c10151

 なお、本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業(20H02723)、住友財団、AOARD Scientific Project on “Molecular Spins for Quantum Technologies”(FA2386-17-1-4040, 4041)、日本学術振興会 特別研究員奨励費(20J22229)の補助を受けて行われました。

用語説明

※1 電子スピン:電子が示す、上向きと下向きに対応する磁石のような性質。
        電荷を持つ電子の自転運動によって磁石のような性質を持つ
        磁気モーメントが生じる。
※2 トリアンギュレン:Clar の炭化水素とも呼ばれる、3つの6員環が縮環した
           三角形の分子。偶数個 (22個) の炭素原子と水素原子から
           構成されるが、2つの不対電子が存在し、その電子スピン
           の向きが揃うことが計算化学によって予想されている。
※3 磁性材料:主に原子および分子の電子スピンによって生じる磁気的性質を
       利用した材料のこと。

清水准教授のコメント

 トリアンギュレンの合成と単離は、大阪大学で長い間研究が行われており、村田一郎名誉教授が40年以上前にジアニオンの合成に成功しました。また、私の恩師である中筋一弘名誉教授が20年前に誘導体の発生と検出に成功し、2つの電子スピンの向きが揃っていることを解明しました。そして、本研究で単離と結晶化に成功し、基礎的な性質を解明しました。今後、有機磁性材料の研究が進展し、純有機磁性材料が開発されることを期待します。